8/2~9/30大阪府4回目の緊急事態宣言発出、飛田新地は引き続き酒類提供なしで営業は20時まで
コラム公開日:2021/6/21  最終更新日:2021/09/10

8/2~9/30大阪府4回目の緊急事態宣言発出、飛田新地は引き続き酒類提供なしで営業は20時まで

2021年7月30日、政府から大阪府に対し8月2日~8月31日の日程で4回目の緊急事態宣言が発出。さらに8月17日に9月12日まで、9月9日に9月30日まで延長と2度も延長されました。
飛田新地の料亭は飲食店ではありますが6月21日からの営業再開でも酒類は提供していませんでしたが現在も引き続き酒類の提供なしで20時までに時間を短縮して営業しています。
コロナ禍では、飛田新地の料亭の休業や営業時間などは組合の取り決めによっていろいろな措置がとられていましたがそういった事情をご存じないお客さんも多く、夜の22時ごろに飛田新地にやって来てはお店が閉まっていることに落胆する男性客が後を絶たないといった光景は今も珍しくありません。この記事がご参考になれば幸いです。
今後、新型コロナの感染者数や重傷者数などによってはまた休業するかもしれませんが、徹底した検査体制やワクチン接種など飛田新地の組合の方々が進めてきた素晴らしい対策のおかげで営業が継続されている状況です。
 なお、大阪府では6月21日からのまん延防止等重点措置では19時まで可能だった飲食店での酒類提供は現状禁止されていますが、百貨店などの大型商業施設は休業ではなく20時までの時短営業となっております。

2021年に入ってからの飛田新地の休業・営業再開について
・2021年1月14日~2月28日、大阪に2回目の緊急事態宣言が発出され22時までだった営業時間が20時までに短縮されました。
・2021年3月1日~4月4日、緊急事態宣言が解除され20時までの営業時間が21時までになりました。
・2021年4月5日~4月24日、まん延防止等重点措置が始まり、営業時間が20時までに短縮されました。
・2021年4月25日~6月20日、大阪に3回目の緊急事態宣言が発出され飛田新地はやむなく休業。
・2021年6月21日~7月11日、まん延防止等重点措置に切り替わり飛田新地は20時までの時短営業で営業再開。
・2021年7月12日~8月22日、まん延防止等重点措置が延長され20時までの時短営業は引き続き継続となりました。

2021年5月26日 飛田新地の休業延長が決定したときの状況はこちらの関連記事をご覧ください。

緊急事態宣言における飛田新地の休業中の様子や営業再開にむけた動きについて

緊急事態宣言における飛田新地の休業中の様子や営業再開にむけた動きについて

2020年から始まったコロナ禍における飛田新地の状況を営業時間や集客・人通りの多さなども踏まえて2020年からこれまでを時系列で一度振り返ってみたいと思います。

飛田新地のコロナ禍における変遷について

  1. 2020年4月~6月(第1波)
  2. 2020年7月~10月(第2波)
  3. 2020年11月~2021年2月(第3波)
  4. 2021年3月~(第4波の入口??)
  5. まとめ

2020年4月~6月

飛田新地-コロナ営業時間-第1波

2020年4月7日に安倍首相から緊急事態宣言が発出されるよりも早い4月3日、飛田新地の料理組合は全店一斉休業にいち早く踏み切ったことはネットニュースなどでも取り上げられ話題になりました。

ちなみに、飛田新地の全店休業は過去に2019年のG20大阪サミットの際、2日間だけ行われました。その前後は「のれん祭り」と称しすべてのお店の玄関が大きなのれんでおおい隠され、その珍しい状況見たさで逆に賑わってしまいました。

宣言が解除された5月25日から少し経った6月1日に全店の営業が再開されましたが、5月24日から飛田新地の女の子やおばちゃん、マスターやママは新型コロナウイルスの抗体検査をしてから営業再開にのぞまれました。飛田新地関係者は月2回の検査を徹底し、地元の商店街や地域住民の方々などには無料で検査を受けられるようにするなど地域全体への貢献活動にも余念がありませんでした。

再開を待ちに待った馴染みさんなどは復活を喜んで我先にと飛田新地に帰ってきました。6月19日からは県をまたいだ移動自粛も解除され、出張客や観光客などのお客さんが帰ってきはじめ飛田新地にも活気が戻りつつありました。

飛田新地が6/1に営業再開した時の記事はこちら

飛田新地 6/1〜営業再開の動き

飛田新地 6/1〜営業再開の動き


2020年7月~10月

飛田新地-コロナ営業時間-第2波

7月22日から東京都を除外して始まった「Go To トラベルキャンペーン」がスタートすると人通りはさらに増え、飛田新地にもますます賑わいを感じる日が増えていきました。7月頃から感染者数が増えはじめ8月7日にピークを迎えた第2波という位置づけがなされていますが、当時は感染者数もさほど増えない中で本格的な夏をむかえて減少に転じて収束したイメージでしたので、後々振り返るとあれが第2波だったのか、と思われる方も多いかもしれません。

また、10月1日に旅行業界が切望していた東京都のキャンペーン除外がなくなるとさらに賑わいを感じる日は増えていきます。インバウンドのお客さんが戻るのはまだまだ先の話でしたのでコロナ前までは到底及ばないものの飛田嬢の実入りもかなり改善していきました。


2020年11月~2021年2月

飛田新地-コロナ営業時間-第3波

11月に入ると、新型コロナウイルスの感染者数は大阪市や札幌市で急増したためGo To トラベルから大阪は除外されてしまいましたが、それは第3波の始まりでもありました。

急増する感染者数を抑え込みたい大阪府からの時短営業の協力要請に応じる形で12月15日からは営業時間が22時までとなりそれは1月13日まで続きました。

大阪の飲食店はかき入れ時である年末年始に集客・売上の大幅アップを期待していましたし、もちろん飛田新地も例外ではありませんでした。飛田新地が最も賑わう時間は19時から閉店の24時まで。また例年、年末年始は特別営業日として翌1時までの営業が行われていましたので飛田嬢はもちろん街全体にとって受けた打撃は相当なものだったのは言うまでもありません。

振り返ると第3波のピークは1月8日でしたが、政府は前述のとおり1月14日(木)から2度目の緊急事態宣言を発出、大阪府が2月28日に先行して解除されるまでの約2ヵ月間は営業時間が20時までとなったことでお店にとっても飛田嬢にとっても大変つらい時期を過ごしました。


2021年3月~

飛田新地-コロナ営業時間-第4波の入口?

3月1日に緊急事態宣言が解除され、飛田新地でも営業時間が20時から21時までとなり1時間だけ伸びました。本来、19時~24時は集客・人通りがピークになっていく時間帯ですのでこの1時間はとても大きいものでした。

時期的に学生さんが春休みや卒業旅行などで団体客としてたくさん飛田新地に訪れました。団体といっても数名というレベルではなく7~8名とか10名くらいの団体客も多かったです。

また、宣言解除からキタやミナミの繁華街でも人出が増加しはじめたのと同時に飛田新地でも少しずつお客さんの数は増えていきました。

ところが3月の終わりごろから、大阪の感染者数が少し増えはじめ、3月31日は599人、4月1日は616人とそれまで最高だった2021年1月8日の654人に迫る増加にマスコミが大いに騒ぎだし、4月5日からの蔓延(まんえん)防止等重点措置が適用となってしまいました。

その後、大阪ではさらに感染が拡大し4月13日に感染者数が1,000人を超え、高齢者施設でのクラスター発生など重症者の病床数がひっ迫、4月25日から3回目となる緊急事態宣言に切り替わりました。
飛田新地もそれに合わせて4月25日から一斉休業に踏み切りましたがその決定はあまりに急なものでした。それだけギリギリまで営業継続の可否について悩まれたこともうかがい知れます。
緊急事態宣言は当初4月25日~5月11日まで17日間の予定が5月31日まで延長され、さらに6月20日まで再延長となり、6月21日からまん延防止等重点措置に切り替わるまでトータル57日間にも及んでしまいました。

2021年5月26日、飛田新地の休業延長が決定し落胆したときの様子はこちら。

緊急事態宣言における飛田新地の休業中の様子や営業再開にむけた動きについて

緊急事態宣言における飛田新地の休業中の様子や営業再開にむけた動きについて

まとめ

新型コロナ感染の要因として、飲食店の営業時間短縮ばかりがマスコミで叫ばれますが、感染防止の徹底をしながらがんばる飲食店だけが悪者にされるような状況は正しいことなのでしょうか。マスコミは新型コロナ関連しかテレビで扱うネタがないのか思えるほど不安を煽りまくっていました。

営業時間短縮の協力要請をする前に、クラスターが発生している高齢者介護施設の患者さんやそこで働くスタッフへの徹底した検査や優先的なワクチン接種をすすめ、重症病数や病床使用率の増加を徹底して抑え込んでほしい状況でした。

とはいえ、飛田新地にある約160店舗ある料亭のうち2020年の2月から始まったコロナ禍で閉店したお店はごくわずか。感染症対策や検査を徹底している飛田新地で働く女の子やおばちゃんがもっと稼ぎやすくなるよう新型コロナを抑えながらも営業時間が早く延長され、集客が増えることを願ってやみません。

この記事を書いたのは 横山 たけし

横山 たけし風俗求人業界歴20年の40代おじさん。自身がシングルマザー家庭で育ったこともあり、女性の自立や生活環境の向上に少しでも役立ちたいと思って活動しております。